イタリアより食とワインと山の魅力を

イタリアのワイン・チーズ、そして食生活情報

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ポレンタのために


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写真のおろし金は、なんと、、、乾燥させたトウモロコシを削って粉にするため。
そうです!ポレンタのために。
ポレンタって、北イタリアのイメージが強いかもしれませんが、イタリアを南北に走るアッペンニーノ山脈の山麓なら、南イタリアでも食べる習慣があるのですよ~。
トウモロコシを南米からイタリアに持ち込んだのは、コロンブス。もとはと言えば家畜の飼料でした。でも、寒冷地に住む人々が冷害で小麦を手にすることができず、飢えしのぎに食べ始めたそうです。ナポリやローマ当たりの人は、北イタリアの人たちを”ポレンタ食い”と言ってバカにします。(笑)

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イタリアの北東では、白いトウモロコシから作った白いポレンタもあります。
ポレンタしか食べれなかった貧しかった時代には、ビタミンBの欠乏により、ペラグラという病気にかかった人が大勢いたそうです。
日本人の口には、あまり合わないかもしれませんが、すでに味覚がイタリア人化している私にとっては、冬の欠かせない一品です。


  1. 2018/02/14(水) 03:49:27|
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フィロキセラ

19世紀にヨーロッパじゅうを襲ったフィロキセラ。
イタリアにフィロキセアが入って来たのは、フランスより10年以上遅れたようです。
ただし、お金がなかったイタリアは、その対策に遅れを取りました。

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もちろん、今は台木を使ってブドウ栽培をするのが普通。でも、イタリアをくまなく探すと、台木を使っていないブドウからワイン造りをしている生産者がいるのです。
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砂地だったから、とか気象条件に恵まれたから、等の理由で、台木無しのブドウが生き延びたのです。
でも、やはり今でもフィロキセラに害を受ける危険性はあります。

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その上、今やワイン会は、有機栽培が主流なので、どの生産者もなるべく農薬を使わないようにしています。
となると、台木無しのブドウ栽培は、とても勇気のいること。
そして、ブドウの収穫量も、通常減少します。

そんな勇気のある生産者が心を込めて造ったワインを試飲しました。


  1. 2018/02/13(火) 03:16:47|
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猪肉のチョコレート風味の煮込み・トスカーナ風

なかなか春がやってこない北イタリア。。。そんな時には、やっぱりジビエ。
今回ご紹介するのは、チョコレート風味の猪肉の煮込み。
日本では、猪が畑を荒らすので困っている方が多いと聞きます。イタリアも同じです。。。
猪とチョコレート! 想像できない!
トスカーナの中世のお料理、それも限られた人のみの一品でした。
なぜなら、カカオはちょうどその頃、中米からヨーロッパに持ち込まれたのです。あのコロンブスが持ってきました。
珍しい、そして高価なものでしたから、庶民の口には入りませんでした。
貴族たちは、ふんだんに、そしていろいろなお料理に自分たちの富を見せびらかすためにカカオを使ったのです。

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猪肉は臭みがあるので、丸一日赤ワインに漬け込み、その時に使ったワインは捨てて、新たに赤ワイン、玉ねぎ、にんじん、ジュニパーベリー、ハーブ等を使って煮込んでいきます。臭み消しにシナモンやナツメグも加え、ビターチョコレートとバルサミコで作ったソースを最後に加えます。
毎日食べる気にはなれないけど、メディチ家によって繁栄していたフィレンツェの町を思い浮かべながら、フルボディーの赤ワインと楽しみたい一品です。

  1. 2018/01/24(水) 03:42:24|
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ネッビオーロ

あまりにも有名なイタリアのブドウ品種・ネッビオーロ。
ネッビア(霧)が出るころ、実を収穫するから、この名前がついたといわれる。
有名なバローロやバルバレスコの品種である。
色は淡いガーネット色。ちょっと湿った香や、ニオイスミレ、キノコ、カルダモン、お茶の香りが特徴的。
今日は、お決まりのバローロやバルバレスコではなく、ヴァルテッリーナ(ロンバルディア州北部)を10種類、ブラインドティスティング。
ヴァルテッリーナは、コモ湖の北。人々が山の斜面を耕やして造り上げた段々畑が美しい。
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車で30分も走れば、有名なスキー場がある地域と言うのに、ここではサボテンが自生している。
年間の日照時間が900時間。なんとシチリアの離島であるパンテッレリーア島と同じだそうである。
コモ湖から吹く季節風のお陰なのだ。
エレガントなネッビオーロで、バローロに比べ早飲みに適している。
ブラインドティスティングだったが、ヴァルテッリーナだけだはなく、ピエモンテのゲンメとガッティナーラも入っていた!

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個人的に高い評価をしたのは、以下の4本:
Franchino Gattinara 2012
Triacca Valtellina Superiore 2012
Sandro Fay Ca Morei 2015
Mazzoni Ghemme 2014



  1. 2018/01/22(月) 05:35:08|
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チンクエ・テッレ

世界遺産で有名なチンクエ・テッレで造られるシャッケトラというデザートワインをご存知ですか?主要ブドウ品種はボスコ。少なくとも一部は乾燥させたブドウを使用することが義務付けられています。なかなか入手困難な貴重なシャッケトラを3種類テイスティングするチャンスに恵まれました。

今から15年ほど前に、あるシャッケトラのワイナリーを訪問した際に、地元の人が語ってくれたことを思い出し、ぜひ書き残したいと言う衝動に駆られました。それは、私たちが想像する真っ青なチンクエ・テッレの海とはかけ離れたものでした。
15世紀前後、この不毛の地に人々がやってきて、肥沃でない土地でも育つブドウを植えるために、崖の岩を砕いて、段々畑を造り始めました。実ったブドウは、一部は食用ブドウとして売りました。それはすぐお金になりました。そして一部は乾燥させ、甘いワインとして翌年に売りました。
親は年取ると、船で運びやすい海沿いの畑と崖の上のほうの運搬に不便な畑とをうまく分担して、子供たちに分け与えました。当時は、皆、子だくさんでした。
このあたりの住居は狭い4,5階建てが当たり前、貴重な平らな土地は畑のためでしたから。
こんな辺鄙な土地にも舗装道路ができることになった時、人々は抗議のために道路にバリケードをしました。道路にバリックを並べたのです。
バリック >>> バリケード。
実はバリケードという言葉はバリックを並べる、と言う意味から来ています。彼らにとっては、一生懸命開拓して手にした平らな土地(ブドウ畑)を舗装道路にされてしまうなんて考えられなかったのです。
時代が変わり、すぐお金を手にすることができる
世界遺産で有名なチンクエ・テッレで造られるシャッケトラというデザートワインをご存知ですか?主要ブドウ品種はボスコ。少なくとも一部は乾燥させたブドウを使用することが義務付けられています。なかなか入手困難な貴重なシャッケトラを3種類テイスティングするチャンスに恵まれました。
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今から15年ほど前に、あるシャッケトラのワイナリーを訪問した際に、地元の人が語ってくれたことを思い出し、ぜひ書き残したいと言う衝動に駆られました。それは、私たちが想像する真っ青なチンクエ・テッレの海とはかけ離れたものでした。
15世紀前後、この不毛の地に人々がやってきて、肥沃でない土地でも育つブドウを植えるために、崖の岩を砕いて、段々畑を造り始めました。実ったブドウは、一部は食用ブドウとして売りました。それはすぐお金になりました。そして一部は乾燥させ、甘いワインとして翌年に売りました。
親は年取ると、船で運びやすい海沿いの畑と崖の上のほうの運搬に不便な畑とをうまく分担して、子供たちに分け与えました。当時は、皆、子だくさんでした。
このあたりの住居は狭い4,5階建てが当たり前、貴重な平らな土地は畑のためでしたから。
こんな辺鄙な土地にも舗装道路ができることになった時、人々は抗議のために道路にバリケードをしました。道路にバリックを並べたのです。
バリック >>> バリケード。
実はバリケードという言葉はバリックを並べる、と言う意味から来ています。彼らにとっては、一生懸命開拓して手にした平らな土地(ブドウ畑)を舗装道路にされてしまうなんて考えられなかったのです。
時代が変わり、すぐお金を手にすることができるサラリーマンになる人が増え、畑は見捨てられてしまいました。何世代もの間に、子供たちのために小分けされた畑は、手入れをするのには不便極まりない状態になってしまったのです。
私たちを案内をしてくれた女性は、第3子で、上の二人はお姉さん。男は畑仕事ができるけど、女は何の役にも立たない。おばあちゃんは、彼女が生まれた時に、また女の子だとわかって、恥ずかしくて日曜日のミサに行けなかったそうです。今から60年前の話です。
彼女は言いました。もうブドウ畑の世話をするのは年寄りだけ。。。教会の鐘が長く鳴ると(お葬式の鐘です)、”ああ、又ブドウ畑が400年前のように荒れ地になってしまう。。。” 涙がこぼれる、と語りました。唯一畑の手入れをする老人がまた消えてしまった、と。

観光客がチンクエ・テッレに来て、地元の老人に砂浜はどこにあるの?と聞くと、大半の老人は返事もしないわ。だって、彼らは、海に背を向け、岩を砕いて畑を造り続けていたから、海とはかかわりがなかったから。
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後、50年したら、こんな話をしてくれる人もいなくなってしまうかもしれません。

シャッケトラの甘さが、なんかせつない。。。
  1. 2017/12/22(金) 03:32:31|
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