イタリアより食とワインと山の魅力を

イタリアのワイン・チーズ、そして食生活情報

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アルベルト・トンバを泣かした男

今回のオリンピック、イタリアアルペンスキーチームはぱっとしないまま、最終種目である男子スラロームを迎えた。期待されていた、男子大回転、女子スラローム・・・メダルを一個も手にすることなく、最後の望みは今絶好調の25歳のジュリアーノ・ラッツォーリ(愛称ラッツォ)に。
ゼッケン8番でモエルグがスタート。2シーズン前にワールドカップのスラロームで種目別総合優勝を成し遂げた彼だが、ここのところ、今一つ・・・いくつか小さなミスを犯したが、スラローム1本目終了時には5位に。
期待のラッツォ。ゼッケン13番。なんて不吉な数字、と思ったのは私だけではなかっただろう。
最初の3旗門目までは、心配になるほどゆっくり滑る(実は後で、解説者の説明でこれが戦略だったとわかったが)。
彼の、雪面からスキーを極力離さない滑りは、力ではなく、技の滑り、という印象を受ける。完璧な滑りで48秒弱のレースで、2位に0,43秒の大差をつけ、1本目トップに立つ。
ゴールして、自分がラップを取ったとわかり、両手を広げ、そして満面の笑みを浮かべる。大騒ぎするわけでもなく、その喜びをじっとかみしめる彼。
ワールドカップと違い、100人以上の選手が滑るオリンピック。2本目のスタートまで4時間近くの待ち時間があった。
イタリアアルペンスキー界の期待をすべて背負って、4時間がどれだけ長く、重かったことだろうか?
監督は彼に言った:皆まわりの人は、大丈夫、心配するな、優勝できるって応援してくれるだろうけど、何しろ何か食べて、一人でいるように、と。

スラローム2本目スタート。1本目30位だった選手からさかのぼってタイム順に滑る。
1本目5位で、メダルを狙っていたモエルグはリズムに乗れず。オーストリアのライヒもメダルを逃す。
その時点で、コステリッチがトップになり、残すはラッツォのみ。
テレカメラがスタート台を写す。私は、大写しになるガチガチになっているラッツォを待っていた・・・ところが、スタート台にはだれもいない。スタート台のテントの奥から、彼が現れる。それは、まるで謁見室に現れた王様のようであった。おごそかでさえあった。
なんて、素敵なんだろう!
世界が今、彼に注目しているのだ!これからのたった1分にも満たないその一瞬を!

確実な滑りを展開。斜面の切り替えでも完璧な滑りで、その時点で0,35秒優位にたつ。
解説者の札幌オリンピック時代の名スラローマ、パオロ・ディ・キエーザも解説することを忘れ沈黙。
何か、口にしてしまったら、すべてが壊れてしまいそうな怖さがあった。
ゴール前で、私は彼の金メダルを確信した。
ゴール手前で、解説者、パオロ・ディ・キエーザは解説者という任務を忘れ、TVのマイクに向かい、突っ込め~と叫ぶ!

0,16秒差でゴール! 勝った、勝ったあ~~~!
その瞬間、ゴールにいたアルベルト・トンバは両手をあげ、ガッツポーズ。
彼の頬に涙が伝わる。
あの、トンバを泣かすことができた男:それがこのジュリアーノ・ラッツォーリ
涙を隠すために、サングラスをかけるトンバ。
トンバも今や、43歳。22年ぶりにイタリアスキーアルペン界に金メダルをもたらした選手が、自分と同郷であるエミーリア・ロマーニャ州出身という、雪とは縁が薄い土地。どれだけうれしかったことか・・・
ちなみに、4年前のトリノオリンピックで、当時絶好調で金メダル候補でありながら、スラローム1本目でスタート直後に途中棄権をしたジョルジョ・ロッカがラッツォのマネージャになることに決まった。ラッツォとロッカ、ワールドカップ転戦中は、ルームメイトであった仲。

25年近くイタリアに住む私。私の身体の中には、少しイタリアの血も流れているような気がする・・・
ありがとう、ラッツォ。

http://www.giulianorazzoli.it/

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テーマ:バンクーバー冬季オリンピック - ジャンル:スポーツ

  1. 2010/03/04(木) 00:15:16|
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サン・マッテーオ登頂

今、私は3678メートルのサン・マッテーオ山の山頂に立つ十字架の下にいる!
夢を見ているようだ・・・感激で思わず涙が頬をつたわる・・・サングラスをしていてよかった。
DSC03665.jpg
今日までの3週間、地獄のような日々だった。
1か月の日本でのバカンスから戻り、鈍った身体・・・8月16日にはサン・マッテーオ山に登るというのに・・・焦った私はすぐさま3140メートルのチーマ・ディ・カイオーネへ向かった。決して難しいコースじゃない。行きは良かったが、5時間登り続けた後の下りは膝や太ももには負担だ。
あの日から、私は、ものすごい筋肉痛に悩まされ続けた。整体士に行った。筋肉痛緩和剤も飲んだ。毎日マッサージ、ストレッチングもした。イタリアの温泉にも行った。
朝、今日は楽だ、と思い、軽く山道を歩くと、翌日また筋肉痛に襲われた。
サン・マッテーオに行けるのか、諦めるべきなのか、行きたい、きっとそれまでには回復する・・・・毎日同じことを考え続ける。
蜂に刺される、奥歯が欠ける・・・なんて運が悪いんだ!
登頂の3日前、村の坂道を登る気にもなれなかった私は、夜、貧血を起こした。
諦めよう!・・・そう思った瞬間楽になれたような気がした。
*************************
なのに、翌日、また山頂に立つ自分を想像する。

8月16日、朝4時起床。
太もも、腰に湿布を貼りつけ身支度する。
6時、イタリア登山クラブのメンバー20名でガーヴィア峠を出発。
氷河の奥に、目指すサン・マッテーオ山が私を見下ろす。
DSC03655.jpg
最初の1時間はアップダウンのとても楽なコース。腰にコルセットをし、用心しながら歩く。
1時間を過ぎたころから、右尻に痛みを感じ始め、それは徐々に強烈な痛みになってくる。
登山用ストックを突き、右足をかばいながら歩く。
スタートしてから2時間後、氷河のふもとに到着。
メンバーはアイゼン、ピッケル、ザイルの用意をを始める。
連れのPに、無理かもしれない、私は引き返したほうがいいかも・・・ともらすと、君次第だ!と冷たく答える。登山クラブの元会長マヌエラに、諦めるつもり、引き返す・・・と言うと、大丈夫よ、一緒に行こう!と励ましてくれる。嬉しい一言・・・
去年、チェヴェダーレ登頂も一緒だった山岳ガイド、リーノを先頭に5人でザイルで結びあう。
クレパスがあちこちに顔を出している氷河を歩き始める。
DSC03671.jpg
さっきまでの痛みが消えた!
氷河は雪が柔らかいところもあるけど、一部は氷そのもので、アイゼンを駆使して前進する。
1時間ほど歩き続けていると、また激痛が戻ってきた。
顔がゆがむ・・・
氷河が少し平らなところで、5分ほど休憩。助かった・・・
ここまで来たら、もう一人で引き返すことはできない・・・
DSC03674.jpg

ピッケルにすがるようにしながら足もとばかりを見て歩き続けた。氷壁を登り、黙々と5時間かけて克服したサン・マッテーオ山に立つ十字架。
マヌエラ、ありがとう!貴女が一緒に行こう、って励ましてくれなかったら、今頃私は峠の山小屋でこの山頂を見上げていただろう。
3週間、なんて辛かったことか。
右尻の痛みに耐えて登ってきたんだ!
DSC03685.jpg

下りは登り以上にテクニックを要する。とりわけ、氷壁を下りるのは勇気がいる。
ガイド・リーノが適切なアドバイスをしてくれるから、私は怖いどころか、やる気満々!
氷壁は50メートルくらいだけど、半分までは前向きでアイゼンをまっすぐ前に向けて下りる。残りの半分は後向きで、ピッケルの先端部分を氷壁に差し込みながら下りる。
これって、凍った滝登りの写真のポーズと同じ~~~!
キャー、私ってカッコイイ!!

下りも4時間近くかかったけど、無事峠に戻る。
明日から、またすごい筋肉痛に襲われるのか・・・という不安に駆られるけど、サン・マッテーオに登ったっていう事実はずうっと残るんだもの。

*その後、3日経っても疲れも筋肉痛も出ない私・・・どうなっちゃってうの?
サン・マッテーオ山に呪われてたのかな???

テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

  1. 2009/08/20(木) 03:12:48|
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コルチナ・ダンペッツオ

1956年に猪谷千春氏が冬季オリンピック回転競技でメダルを獲得したスキー場として知られるコルチナ・ダンペッツオに行ってきた。
朝、5時半、山の家を後にし、トレンティーノ州、アルト・アーディジェ州を通り、コルチナを目指す。
途中、せっかくなので、ヴァル・ガルデーナのワールドカップのダウンヒルコース、サッスロングを滑り、その後ラ・ヴィッラのワールドカップの大回転コース、グラン・リーゾにも立ち寄り、ひと滑り。
一日にワールドカップのコースを2箇所も滑るなんて、贅沢!

DSC02757.jpg DSC02798.jpg DSC02835.jpg

コルチナはイタリアで一番スノッブなスキー場。
私たちが選んだのは、コルチナから南に15キロほど下りたボルカ・ディ・カードレ村にあるホテル。
http://hotelboite.it
ホテルから900メートルほど離れたところにあるジャグジー付のプールが無料で使えるのが売り物!
イタリアの石油会社ENIの休暇村を買い取ってリゾートホテルに改築したそうで、ホールのインテリアもなかなか凝っている。部屋はモダンで使い心地もいい。
朝の美味しいクロワッサンの種類の多さ!夕食のビュッフェのサラダの豪華さ、ワインの安さ、サービスのよさ、部屋が暖かいこと。もう文句なし!
大学時代の合宿の再現。リフト開始とともに滑り、午後までみっちり滑った。
先週1メートルほどの積雪があったとのことで、雪質は申し分ない。
その上、すいているので午後になってもコースが荒れないのだ!
有名なトファーナ山の真下のコース、オリンピックコース、今年のワールドカップの女子のコース、へとへとになるまで滑りまくった。
クリスタッロ山(3216メートル)の山頂真下のコースは、今シーズンは一日オープンしたのみ。それもスキー教師の資格を持っている人しか滑らせなかったというほどの難コース。

DSC02842.jpg DSC02845.jpg DSC02803.jpg

クリスタッロ山にあるヒュッテ、ロレンツィのカモシカソースのブルーベリー入りのタリアテッレはお勧め!
ファローリアのヒュッテ、カパンナ・トンディの内装のおしゃれなこと!ここのカゾンツェィ・アッランペッツアーナ(ビーツ入りのラビオリ)も捨てがたい!
ヒュッテによっては食事は屋内のレストランで食べれるけど(高くてまずい!)、パニーノだと外でしか食べれないところがあるから気をつけて!
暖かいときならいいけど、寒いのに外でぼそぼそパニーノ食べるなんて、悲しい・・・
  1. 2009/03/16(月) 07:10:06|
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ステルヴィオ(ステルビオ)で夏スキー

8月8日。朝6時半に山の家を出発し、ガーヴィア峠を越え、ステルヴィオ(ステルビオ)へ夏スキーに行く。
途中、標高2621メートルのガーヴィア峠周辺は昨夜ちらついた雪がまだ消えずに残っている。これだったら、8月に新雪で滑れる!と期待が高まる。ステルヴィオに到着すると、ロープーウエイの始発を待つ列がすでにできている。バールでエスプレッソをひっかけて焦って私もロープーウエイの駅へ。
噂では、今、イタリア女子ナショナルチームのメンバーもトレーニングに来ているそうだ。
いかにも強そうな選手達が大勢集まっている。
     朝のロープーウエイ
2つのロープーウエイを乗り継ぐと、スキー場に着く。標高3450メートルの氷河のスキー場。
ここには4本のTバーリフトが設置されている。でも最初のTバーの乗り場周辺は、クレパスがあったり、カチンカチンの氷で、なにこれ~~!!とショックを受ける。
Tバーの左斜面はポール専用バーンで、この悪コンディションにもめげず、選手達がトレーニングに励んでいる。それを横目に見ながら、もう少し奥のほうの穏斜面に移動すると、そちらは一般スキーヤーで賑わっている。
日本人のコーチ、選手達が13人もいるのには、びっくり。がんばってるな~!
昨夜、雨交じりの雪が降ったとのことで、スキーが滑らず、とりわ穏斜面ではスキーにブレーキがかかるので恐る恐る滑る。あー、スキーって難しい・・・
の幸い、晴れたり、霧がかかったりのはっきりしない天気だったで、雪が腐らず、昼近くまで滑ることができた。帰リ始めた頃には、雹が降ってきたが・・・
ステルヴィオ1ステルヴィオ2ステルヴィオ峠から
今から10年ほど前までは、このスキー場はイタリア中で知られた夏スキーのメッカだったのに、最近の温暖化で、氷河がどんどん縮小してしまい、以前賑わっていたヒュッテは、もう雪がヒュッテの前までないのでスキーでは行き着けず、クローズしてしまっている、という淋しい状態になっていた。
ちなみにこの日は、あのスラローマー、ジョルジョ・ロッカもトレーニングに来ていたそうだけど、気づかなかったのが、残念。

テーマ:スキー - ジャンル:スポーツ

  1. 2008/08/09(土) 00:40:36|
  2. イタリアでスポーツ
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イタリア版歩け歩け大会

7月20日、ブレーシャ県のカモニカ渓谷のどん詰まり、ぺッツォの町で恒例のマンジャ・エ・ヴァイが開催された。
Eat and go! 訳せば、食べて歩いて!ということ。全長11キロのコース中に12箇所で食べ物や飲み物が用意されている、という大変楽しいイベント。標高1500メートル前後のアップダウンのあまりないコースで、子供でも問題なく歩けるから、ミラノからも参加者が押し寄せる。4回目になる今年は、参加者が2500名を越えた。
150名ずつ10分おきにスタート。
スタート1 DSC01723_20080821223100.jpg カーゼ・ディ・ヴィーゾ
山の澄み切った空気を吸いながら5分も歩けば、最初のポイント!ここでは、食前酒(ノンアルコールもあり)。1,5リットルのミネラルウオーターのボトルをリュックに入れ、歩き続ける。
地元のサラミとチーズのパニーノを食べた後、ペッツォの町に入るとお目当てのカルスー、これはポテトや肉の入ったこの地方独特のラビオリ、カルスーを食べ、カーゼ・ディ・ヴィーゾに向かって歩いていく途中で、だしのきいた美味しいスープ、その後は、汗が思わずひく、青リンゴのシャーベット・・・食べに来たのか、歩きに来たのか・・・
カルスー DSC01725_20080821224546.jpg DSC01728_20080821224143.jpg

夏、牛飼いの人々が住んでいた家が残っていて、当時のイメージを守り続けるカーゼ・ディ・ヴィーゾの集落はこのイベントのメイン会場である。
銅の大鍋で作ったポレンタには、たっぷり牛の煮込みが添えてある。もちろん美味しい赤ワイン付き!地元の合唱団に聞き入るのもよし、牧草地にねっころがるのもよし、みんなそれぞれに自然とのふれあいを謳歌している。
昔の農機具 昔のスキー 兵器博物館
腹ごなしに、とまた歩き始めると、林野省のメンバーが双眼鏡を覗いている。なんと、向かいの山に野生のリッパな角を持った鹿が入るのが見える!
ルート上の各家庭では、おじいちゃんやおばあちゃんが使っていた年代物の農具や木でできたスキーを家の前に引っ張り出して展示。第一次世界大戦の戦場だったペッツォの村の兵器博物館も特別オープン。
コーヒーを飲み、ゴールを目指す。そこではタルトとグラッパが待ち受けていた。
参加料は20ユーロ(15歳以下は14ユーロ)という安さの上、ウエストバッグのお土産付き。200人近い地元のボランティアの人たちの熱意と活躍で成り立っているイベント。
こんな楽しい歩け歩け大会・・・日本から参加しにいらっしゃいませんか?

テーマ:ノルディックウォーキング - ジャンル:スポーツ

  1. 2008/07/21(月) 00:58:13|
  2. イタリアでスポーツ
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